きょうで終わりにしよう。
男女の友情は成立するかしないか、どちらだとおもうかと聞かれれば、答えは「イエス」であり「ノー」。友達だったふたりが、ほんとうに小さなきっかけで、友達以上恋人未満になる。こうもあっけなく、曖昧な関係に変化してしまうことを、わたしは知りたくなかった。
こんなことを続けていても、傷つくだけなのは、わかってる。
人はときたま、ひとりでは抱えきれないさびしさに襲われる。寂しさを人で埋めることはできないのに、わたしの腕の中で気持ちよさそうに寝息をたてる彼を、見て見ぬフリをすることができなかった。
開けた窓から入る風に揺られるカーテンをベッドの上からぼんやりと眺めながら、わたしは何をしているんだろうと思う。
床に一筋の線を描く西日と学校帰りの小学生たちの声、平和な日常の一コマであるはずなのに、心がやけにざわついて仕方ないのは、ここが自分の部屋じゃないからかもしれない。
彼がひどい人なら、どれだけよかっただろう。
こんな関係を続けている時点で、彼は優しくないよと他の人はいうのだろうけど、ただただやさしく触れてくるから、そのたびに胸が苦しくてたまらない。どうせなら、もう少し雑に扱ってほしかった。
柔らかな黒髪に、目じりにしわがよる笑い方。
鼻筋の通った横顔に、少し甘い柔軟剤の匂い。
“友達”であったときには意識することがなかったのに、かんたんに飛び越えてしまったあの日の夜から、彼の好きな部分がどんどん増えていった。
この感情に名前つけるとしたら、とふと考えて、やめた。名前をつけても、意味なんかないのに。友情というにはあまりにも近すぎて、恋と呼ぶにはなにか違う。
彼にはじめて触れてから、どれくらいの月日が経ったのか、もう忘れた。ひとりでゆっくりしようと決めた休日でも、彼から「会いたい」と連絡があれば、自然と彼の部屋に足を運んでしまう習慣がついてしまったくらいには。
最初は借りてきた猫のように、ふたりがけのねずみ色のソファーに縮こまって座っている姿を見て、よく彼が笑っていた。ベッドにふたり、わたしの頭のうえにあごをおいて強く抱きしめてきたときは、心臓がどうにかなりそうだった。
彼であふれていた部屋に、いつの間にか、わたしも少しずつ。クローゼットのなかのお泊りセット、洗面所のふたつ並んだ歯ブラシ、わたし専用のマグカップ。
それでも、彼もわたしもお互いに確信ふれたことはない。あのとき、たまたまとなりにいた存在がわたしであっただけで、彼にとっては誰でもよかったのかもしれない。
どうなってもしらないよ、と彼のさびしさに腕を伸ばして抱きしめたのはわたしだったけれど、彼に言った言葉が鋭利な刃物のように、自分に突き刺さって抜けなくなってしまうことになるとは、想像もしなかった。
となりにいる存在が当たり前になって、胸の高鳴りよりも安心が大きくなっているのに、なんて不安定で曖昧なんだろう。そう痛感するたびに、いつかくる終わりがこわい。
彼の部屋を訪れるたびに、自分が色を失っていくようだった。そんな感覚がいやで、いいようのない感情をごまかそうと買った花も枯れてしまった。
花のように、わたしのこの定まらない気持ちも枯らせてしまおう。
思わず、彼を抱きしめる腕に力がはいった。頬にふれる柔らかな黒髪から香るシャンプーの匂いを、息深く吸い込む。この温もりを抱きしめられるのは、今日で最後かもしれない。そんなことを考えて、まどろむ意識に目を閉じた。