胸を過ぎった確信に近いなにか
「今日は洗濯物がよく乾くでしょう」
テレビから聞こえるお天気キャスターの声に耳を傾けながら、寝起きで働かない頭をソファーの背に預ける。
窓の外に目線をチラッと動かせば、春の嵐が過ぎ去った雲ひとつない真っ青な空。ゆるやかな風に揺れる青々とした木々。
なんて絶好の洗濯日和だろう。
いや、洗濯をする前にこのまま二度寝してしまおうか。でも、今寝てしまったらせっかくの休みが半日終わってしまう気がするし…。
そんな葛藤を心で繰り返しながら、洗濯機を回そうと重い腰を上げて洗面所へと足を運ぶと、開けっ放しの寝室のドアの隙間から、未だに深い眠りの中を泳いでいる同居人の姿が視界に入った。
そのあまりの気持ち良さそうな顔に、妬ましい気持ちがふつりと湧く。
あの布団、剥いでやりたい。
そんな憎たらしい同居人こと、彼との出会いも、こんな快晴の大学2年生の春だった。
学校生活にも慣れて、バイトや飲み会といかにもな大学生活の真っ最中。だけど、想像していたよりも単調な毎日に刺激を求めて、何気なく入ったサークルに彼はいた。
柔らかな栗色に染められた髪に、少し幼い印象を与える丸みを帯びた二重の瞳。程よく色づいてた小麦色の肌に、目尻にシワができる笑い方。
初めて会ったときは、かっこいいだとか、特別好みだとかは思わなかったのに、どこか目を惹くその存在に胸が騒ついたのをよく覚えている。
気になる存在であることは変わらかったけれど、特に関わりもない日々。そんな世界が突然動き始めたのは、新歓の飲み会だったかな。
程よくお酒も回って楽しくなって来たところに、ふとやってきた彼。
「楽しんでるー?」
と、ほんのり頬を赤くして、どきりと高鳴るわたしの鼓動なんて知らないのをいい事に、となりに座って。気持ちよかった酔いも、肩が触れそうな距離の彼の存在に一気に冷めてしまった。
「酔ってるね」
「ふわふわしてる。そっちも顔、ちょっと赤いよ」
なんとか平静を装うものの、次の瞬間、わたしの中で何かが弾けた。と同時に、何の確信もない確信が胸をよぎった。
あ、ムリ。わたし、この人と一緒になる。
赤くなった頬を緩めながら、わたしのほっぺたをつまむ彼。
ぷにぷにだ、と言いながら、それでもやめない彼の目に映るわたしの表情は、思った以上に真剣だった。
頬に触れる彼の手の感触、体温。たったそれだけでわたしの中をはしった“一緒になる”という言葉に、予感よりも確信に近い未来を感じて、惹かれる理由はこれだったのかと納得してしまった。
どこからこんな自信が湧くんだろうと、自分に苦笑いが溢れる。まだ、頬の感触を楽しむ彼はわたしがこんなことを考えているなんて思わないだろうな。
近いうちに訪れるであろう変化に胸を弾ませながら、わたしも彼の頬に手を伸ばす。
「わたしよりもぷにぷにじゃん」
自分から初めて触れる彼の頬は思ったよりも伸びることが面白い。そんな彼の顔を見てみれば、さっきのわたしと同じような表情をしていて、息を飲む。
彼の中にも何か、よぎったのかもしれない。
そんな彼との出会いを振り返りながら、洗濯機を回し終えた足で寝室に向かう。襲ってくる眠気の波にあらがうのをやめたわたしは、彼の横に潜り込んだ。
それで目が覚めた彼は、眠そうな目をしてわたしの身体に腕を回しながら、「なんでニヤニヤしてるの」とほのかに笑う。
あの時の確信が今こうして現実になっていることに、やっぱり間違っていなかったなとさらに笑みが溢れる。
彼の中に何かよぎったのか、聞いたことはなかったな。今度聞いてみよう。
そんなことを考えながら、不思議そうな彼になんでもないよと声をかけて、変わらない温もりに腕を回してから、また眠りの世界に足を踏み入れた。