"騙されてもいい"と思えたら、それは愛だ
ふたりでは、会わないようにしていた。
口紅は、いくつかの色を混ぜると決めている。1番近くでわたしを見ることのできる男に見破られないためだ。わたしの本性や考えていることを、唇の色ひとつで見透かされないためだ。
適当に選んだ3色で作った唇は恋の色をしていて、心底悔しかった。イエベ・オータムの肌にここまで似合うピンクは、そうはない。鏡の向こう側にいる女が、ギリ、と唇を噛む。
これではあっという間に見破られてしまうに違いない。ティッシュで乱暴に拭い捨てると、その辺に置いてあったリップクリームを塗った。「俺はグロスよりリップクリームの艶が好き」。昔の男のことばが今になって、じわと心を締めつける。
ふたりでは、会わないようにしていた。誰かを交えてお酒を飲むことは何度かあったが、帰り道でさえ、ふたりきりにならないよう気を遣っていた。それはもう、隅から隅まで。
わたしには、未来が見える。その男はきっと、いや間違いなくわたしを好きになるし、わたしも同じくらい、もしかすると彼以上に彼を好きになってしまうと確信していた。
初めて会ったときに気づいた。ふたりの未来はすでに決まっていた。ズタズタに身体を切り裂かれるか、世界の果てまで愛し合うかのどちらかに。
彼がどのタイミングで、どんなシチュエーションで「俺」と「僕」を使い分けるのか、知りたいと思ってしまった。
放射状に広がった睫毛を鏡越しに見つめながら、誰かが零したひとことを思い出す。「"騙されてもいい"と思えたら、それは愛だ」と。