人間交差点

あったことやなかったこと、ありもしないことやあってほしいこと。

まるで線香花火のようだ

f:id:bluewinking:20180811000929j:image

 

夏はまるで、線香花火のようだ。

 

手の中で静かに弾けた最後の線香花火の火種がおちた先を見つめながら、そんな風に思った。

 

繊細で儚いのに、力強く短い命を煌めかせる姿は、夏とよく似ている。はやすぎるほどの時間の流れのなかの一瞬の煌めきで、人に色鮮やかな思い出を残していく。

 

だからだろうか。8月最後の今日、最後の1本の花火が弾けた瞬間に、言葉にできない物寂しい気持ちが胸を占めた。

 

思い出たちは心の中に残るのに、いつか色あせていく。そして、同じ夏は二度とやってこない。

 

あたりに漂う花火の残り香が風に流されるのを目で追いながら、涼しくなった夜の空気と鈴虫の鳴き声に耳を傾ける。

 

本当に今年も夏が終わってしまうんだな。

 

夏の最後の夜のなかに秋の訪れをを感じて、やっぱり寂しくなった。それでも、来年の夏との再会に思いを馳せて、今年の夏の思い出にそっと微笑んだ。

 

 

 

 

下駄の音だけが鳴っている

f:id:bluewinking:20180823215338j:plain

ぴかぴか、しゅわしゅわと四方八方に光を伸ばした線香花火が、不意にぽつっと落ちた。

 

4年前の夏もそんなふうにして儚げに、でもめいっぱい光を散らしたのち、突然命を落とした。わずかでも指を動かしてはダメだと気をつければ気をつけるほど、その命はゆらゆらとゆれて、ふたりでハラハラしたものだ。

 

大好きな男の子がいた。高校1年の夏祭りで十数年ぶりに再会し付き合うことになったわたしたちは、家の近くの公園で線香花火をした。帰り道、家までの100メートルのあいだだけ小さく手をつないだ。

 

恋は線香花火によく似ている。きらきら輝くその一瞬の美しさには、どうしたって抗えない。たとえばそれが一瞬でなければ、こんなにも魅了されはしないだろう。

美しい一瞬のために、甘美な一瞬のために、わたしはこれからも恋をするのだし線香花火を手に取るのだ。

 

彼がどんな顔をしていたのか、自分がどれほどドキドキしていたのか、今となっては思い出せない。ただ、あの時の下駄の音だけは、今でも耳奥で微かに鳴っている。

金曜日の夜、彼女の紫煙。

f:id:bluewinking:20180726144431j:image

 

ああ、視界がぐるぐるまわってる。

 

どことない解放感に、浮き足立つ気持ち。それらに身を任せ、調子に乗って弱いお酒をいつもより早いペースで飲んでしまったのがだめだった。

 

賑わう同席者たちに、賑わう店内、全ての音がどこか遠く、ぼんやりと聞こえてるのがきもちわるい。

 

煙草吸いたいなぁ。

 

いつだったか、煙草って美味しいのと聞いてみれば、吸ってみたらと言われて手を出したのがきっかけだった気がする。

 

酔っ払ってフワついた意識のなかで肺に染み渡る紫煙は、どことなく甘美な味がした。

 

あれ以来、普段は吸わない人間だけど、お酒を飲むとどうも煙草が吸いたくなる。

 

 

朦朧とする意識のなかで、同席者のひとりが煙草を片手に席を立ったのが見えた。どうしても吸いたい欲求に勝てなくて、もらおうと思い少しよろめきながら席を立てば、背中越しに気をつけろよーと声がかかる。

 

喋るのも面倒で、その声に大丈夫だとアピールするために片手を上げて、おぼつかない足取りでその後を追った。

 

 

スモーキングルームにその姿を確認して扉を開ければ、煙草の匂いが一気に押し寄せてきた。

 

目は口ほどに物を言うというけれど、追いかけてきた私の存在に気がついて、どうした?と切れ長の二重の瞳は、感情豊かに語る。

 

ほぼ初対面の彼に、してやったりのような気分になって、口角を少し上げて微笑みかけながら、たばこ、いっぽんちょうだい、と声をかけてみた。そんな自分の声は、思った以上に酔っていて、少し甘ったるい。

 

その声色か、はたまた煙草を吸うことに驚いたのか、どちらにせよ、驚いたような表情をしながら煙草とライターを差し出してくれた。

 

ありがとうといって煙草を受け取ると、目尻を緩めて返事をくれる。どうやら、彼が愛煙しているのは、Winstonらしい。

 

Winston…と呟けば、彼はこれが一番おいしいんだよねーと間延びした声で返事をして、紫煙を宙に吐き出す。その煙の行方を目で追いながら、他愛もない、中身もない会話を続けていたが、全部右から左へ抜け落ちた。

 

だるい身体に、煙草を深く吸い込めば、お酒の気持ち悪さが少し抜けたような気分になる。それにやっぱり、お酒を飲みながら吸う煙草は格別に美味しい。

 

 

Winstonといえば、この間会った、ひとつ年下の美しい彼女が吸っている煙草だったなと、2人で初めて会ったあの金曜日の夜を思い出す。

 

大衆居酒屋の中、彼女が瞬きをするたびに、照明で煌めくアイシャドウのラメ。すこし鼻にかかる、甘い鈴のような声。細く、美しい指先にはさまれた華奢な煙草と、形の良いくちびるから吐き出された、煙の行方。

 

彼女の静かな、その動作をただ目で追っていた。無意識にそうしてしまうほど、私は彼女のなにかに惹かれている。

 

そんな、彼女が吸っていた煙草というだけで、この煙草を尊く感じる。

 

 

普通なら(普通がわからないけれど)、男女2人、赤ら顔に同じ煙草を吸って、よく分からない掛け合いをしている状況に胸をときめかせるのだろうか。

 

ただ、私には、そんなことよりも、彼女に会いたい気持ちがフツリとわいた。

 

彼女に対する気持ちを表すなら、なんだろう。友情?恋?それとも、愛?

 

同性であるのに、なんとも言えないこの気持ちを、よくうごかない頭で考えるだけ、ムダムダ。

 

そんなことをしているうちに、最後の一口を吸い終える。お先にと断って扉をあけると、彼から、楽しかったよと声がかかった。

 

笑いながら、わたしもと言ったけれど、本当のところ、会話の内容なんてほとんど覚えていない。

 

それよりも、Winstonの彼女に対する会いたい気持ちが爆発しそうになるまで膨れ上がってきて、声にならない声で、何度目か分からない気持ちを呟いてみた。

 

これを知ったら、彼女はなんて思うだろう。たぶん、引かれそう。いや、確実に引く。

失笑されるかもしれないけど、そんな彼女の笑顔も美しいから、いいな。

 

 

あの金曜日の夜の彼女の紫煙と、さっきまで一緒にいた彼の紫煙。どちらも同じものなのに、私にとって強い感情をもたらす彼女の紫煙は美しい。

 

 

あーあ、早く彼女に会いたい。

 

 

まだ酔っ払ってますよという風に、顔に笑みを浮かべて席に戻れば、彼もすぐに戻ってきた。

 

そんな彼とまた話で盛り上がりながら、神様に都合の良いお願いをする。

 

もし、これを見た大好きな彼女が、引きませんように。

 

また、あの少し甘い煙草の匂いと名前の知らない香水の匂いが香る彼女と会えますように。

 

 

 

いつかの火曜日の夜、酔っ払いの話しは、これでおしまい。

 

 

 

 

愛煙家の貴方へ。

f:id:bluewinking:20180723001141j:plain

 

誰だって、忘れられない人のひとりやふたりいるだろう、と貴方は言いました。

ベランダから見える首都高は、今日も誰かをどこかへ運んでいます。愛しい人が待つ街へ、恋しい人が眠る家へ。できるだけ早く、まっすぐに。

しかし、わたしは変わらずここにいます。

 

わたしが煙草を吸うことに関して貴方はかなり否定的でしたが、残念ながら愛煙家に成り果ててしまいました。多分、いやきっと貴方のせいです。

 

「多分」と「きっと」って、どちらが確実に近いのでしたっけ。ご存知の通り、わたしは英語ができません。

たしかどちらかは「プロバブリー」だったと思います。AKB48が天下をとっていたころ、そんな歌を歌っていたから知っています。「プロバブリーに近いもっと確かなもの」と、チェックのスカートを揺らしながら彼女たちは笑っていました。

 

アイドルってほんとうに儚いですよね。あれほど麗しい少女たちが一瞬光るためだけに命を削る姿を見ていると、自分はなんて塵のような人間なのだろうと笑いがこみ上げてきます。彼女たちも煙草を吸ったりするのでしょうか。吸いたくなる時があるのでしょうか。

 

まさか、煙草に火をつける日が来るなんて。

「バックオフィスが煙草臭いから嫌だ」と言い放ち、バイトをたった数ヶ月で辞めたわたしが、数年後にはそちら側の人間になっているなんて。人生、何が起こるかわかりません。

 

煙草は苦くて不味いと貴方から聞いていましたからどんなもんかとワクワクしていたのですが、想像よりもずっとあまく美味しいですね。ちょっと期待外れです。

これでは貴方がやめられずにいたのも頷けます。もしかして、わたしに吸わせないためにああ言っていたのでしょうか? なんて、聞く術はもうありませんが。

 

しかし、1日に10本は吸い過ぎですよ。まったくの他人で、しかも同じ愛煙家であるわたしが言うのもなんですが、お身体は大事にしてください。

 

そうそう、最近の暑さは異常ですね。日本の終わりが見えた気がします。夏のベランダでお酒を飲みながら煙草を吸う、これほど幸せを感じる瞬間はありません。

 

「平成最後の夏だ」と、世間の若者たちは楽しそうです。「平成最後の夏だと言わなきゃできないことなんてその程度だ」と笑う大人もいますが、わたしはそれでいいと思うんです。思っていても行動に移せなければ意味がないと切り捨てるよりも、何かきっかけがあってそれを始められたことに目を向けたい。

ほら、物事にはタイミングがありますから。なんて言えば、貴方は白い煙をたっぷりと吐いて「そう悠長に言っていられるほど、人生は長くないよ」と笑うでしょうね。

 

平成最後の夏ですから、わたしも首都高に運ばれてみようかな。「平成最後の夏だ」とはしゃぐ若者を横目に、「多分」と「きっと」のどちらが確実に近いのか調べてみるのもいいですね。

それから、平成最後の夏なので、貴方が置いていった煙草もそろそろ捨てようかと思います。

 

それでは。気が向いたら、また手紙書きます。

触れた指先から身体にはしる甘い痛みなど、知りたくなかった。

 

f:id:bluewinking:20180715233157j:image

 

ふたりでは、会わないようにしていた。

 

失敗したな、と思う。これまで、ふたりきりにならないように、事あるごとに理由をつけて逃げてきたのに、今日は逃げられそうにもない。

 

目の前にいる彼は嬉しそうに、確かに、熱のこもった目で私を射抜く。そう、この力強い瞳に引き込まれたら、自分にかけた鎖の鍵を簡単に外してしまいそうになるから嫌だったんだ。

 

彼が嫌いというわけではない。むしろその逆で、惹かれて焦がれて胸がチリチリと焼けるような痛みに襲われるくらいに、好き。

 

だけど、熱のこもった瞳で私を見つめるのに、それをうまく隠して、まるで何事もないように振る舞う姿が、ずるいと思った。

 

好きだと言ってしまったら、負けたような気がして悔しくて、だから私も何も気がついていませんと言うような顔をして、ふたりにならないようにがんばった。

 

なのに、なのにだ。そんな私の小さなプライドと努力を、彼は簡単に飛び越えて、いま目の前にいる。

 

熱のこもった目で見つめられ続けて、気にならない人なんているのだろうか。少なくても私は、けろっと落ちてしまった。

 

どうして、今日に限ってこんな目にあうのだろうか。いるかいないかも分からない神さまに、ありったけの恨みをこめて心で悪態をつく。

 

 

どうやってこの場面を切り抜けようかと考えていると、彼との距離が近くなったことに気がついて、はっとした。

 

いつの間にか伸ばされた彼の指先が、私の指先に触れた瞬間、甘い電流が全身を駆け巡る。

 

触れた指先が強く絡まって、周りの音が消え去ったかのように、ふたりの息遣いだけが静かに木霊した。

 

あまりの甘い痺れに、くらくらする。

 

こんなの、言葉にしなくても、好きだと言われてるの同じじゃない。それも、相当の好き。

 

彼に聞こえないように、熱のこもったため息をそっと吐く。 

 

もう、私の負けです。

 

今までの無駄な抵抗はなんだったんだろう。白旗を上げるしか、私の選択肢は残されていないらしい。

 

徐々に近づいてくる彼の顔をぼんやりと眺めながら、心の私がそっと白旗をふっている姿が見える。

 

さようなら、私のちっぽけなプライドさん。

 

唇が重なる直前、そっと、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"騙されてもいい"と思えたら、それは愛だ

f:id:bluewinking:20180705232844j:plain

 

ふたりでは、会わないようにしていた。

 

口紅は、いくつかの色を混ぜると決めている。1番近くでわたしを見ることのできる男に見破られないためだ。わたしの本性や考えていることを、唇の色ひとつで見透かされないためだ。

 

適当に選んだ3色で作った唇は恋の色をしていて、心底悔しかった。イエベ・オータムの肌にここまで似合うピンクは、そうはない。鏡の向こう側にいる女が、ギリ、と唇を噛む。

 

これではあっという間に見破られてしまうに違いない。ティッシュ乱暴に拭い捨てると、その辺に置いてあったリップクリームを塗った。「俺はグロスよりリップクリームの艶が好き」。昔の男のことばが今になって、じわと心を締めつける。

 

ふたりでは、会わないようにしていた。誰かを交えてお酒を飲むことは何度かあったが、帰り道でさえ、ふたりきりにならないよう気を遣っていた。それはもう、隅から隅まで。

 

わたしには、未来が見える。その男はきっと、いや間違いなくわたしを好きになるし、わたしも同じくらい、もしかすると彼以上に彼を好きになってしまうと確信していた。

初めて会ったときに気づいた。ふたりの未来はすでに決まっていた。ズタズタに身体を切り裂かれるか、世界の果てまで愛し合うかのどちらかに。

 

彼がどのタイミングで、どんなシチュエーションで「俺」と「僕」を使い分けるのか、知りたいと思ってしまった。

放射状に広がった睫毛を鏡越しに見つめながら、誰かが零したひとことを思い出す。「"騙されてもいい"と思えたら、それは愛だ」と。

 

夏の夜のきらめきは美しくて苦手だ。

f:id:bluewinking:20180628125251j:image

 

 

ふと寝苦しさに目を覚まして枕元の時計を確認してみれば、AM2:43。

 

まだ、3時前。

 

8月にさしかかろうとしているだけあって、夜も暑くて寝苦しい。その証拠に、じんわりと汗ばんでいる肌の感触が気持ち悪い。

 

寝なおす気にもならなくて、窓から外を眺めてみれば、いつもより外が明るいような。網戸を開けて、静寂につつまれた夜に少し身を乗り出してみると、まん丸な月がそこにいた。どこかの誰かが、今日は満月だといっていたのを思い出す。

 

夏の夜は、どこか切ない。何があるわけでもないのに、どうしてだろう。胸のなかに微かな痛みがはしったような感覚がして、洋服をぎゅっとつかむ。あっという間に過ぎ去っていくこの季節は、この夜は、どうも苦手だ。

 

 

それにしても、きれいな満月。

 

深い夜を照らす月明かりに誘われるように、そっと玄関の扉を開けて、外へ出る。歩いて10分もしないうちに、街灯がひとつもない農道に差し掛かかる。虫の音と遠くを走る車の音、そして、自分の足音だけの世界。

 

ゆっくり歩みを進めながら足元に目を向ければ、満月の月明かりで、地面に自分の影ができている。これは夜の追いかけっこだな、と思って、小さく笑みがこぼれた。

 

空を見上げてみれば、いつもより一層の存在感をはなつ月、その明るい月に負けないようにきらめく星々。はるか向こうには、高層ビルの人工的な明かり。夜の世界は、さまざま光で溢れている。

 

 

真夜中は、なぜこんなにきれいなんだろう。

 

あまりのきれいさに涙があふれそうになって、ぐっと奥歯をかみしめながら、上を向く。視界はにじんでいるのに、月や星のきらめきが涙に反射して、余計にきらめいて見える。夜は深いのに、そこにこわさなどなくて、ただやさしい。

 

これだから夏の夜は苦手だ、と改めて思う。寝苦しさに嫌気がさして、夏なんかはやく終わってしまえなんて気持ちが、どこかにいってしまったじゃないか。

 

泣く気なんて全くなかったのに、夏の夜の切なさと、太陽とはまた違う明るさのやさしさに包まれる心地よさを知ってしまったら、後戻りはもうできない。

 

この真夜中のきれいな世界の散歩が、夏の日課になりそうだな。

 

 

そんなことを考えながら、頭上できらめく幾千の明かりに見守られ、自宅へと足を進めた。