愛煙家の貴方へ。
誰だって、忘れられない人のひとりやふたりいるだろう、と貴方は言いました。
ベランダから見える首都高は、今日も誰かをどこかへ運んでいます。愛しい人が待つ街へ、恋しい人が眠る家へ。できるだけ早く、まっすぐに。
しかし、わたしは変わらずここにいます。
わたしが煙草を吸うことに関して貴方はかなり否定的でしたが、残念ながら愛煙家に成り果ててしまいました。多分、いやきっと貴方のせいです。
「多分」と「きっと」って、どちらが確実に近いのでしたっけ。ご存知の通り、わたしは英語ができません。
たしかどちらかは「プロバブリー」だったと思います。AKB48が天下をとっていたころ、そんな歌を歌っていたから知っています。「プロバブリーに近いもっと確かなもの」と、チェックのスカートを揺らしながら彼女たちは笑っていました。
アイドルってほんとうに儚いですよね。あれほど麗しい少女たちが一瞬光るためだけに命を削る姿を見ていると、自分はなんて塵のような人間なのだろうと笑いがこみ上げてきます。彼女たちも煙草を吸ったりするのでしょうか。吸いたくなる時があるのでしょうか。
まさか、煙草に火をつける日が来るなんて。
「バックオフィスが煙草臭いから嫌だ」と言い放ち、バイトをたった数ヶ月で辞めたわたしが、数年後にはそちら側の人間になっているなんて。人生、何が起こるかわかりません。
煙草は苦くて不味いと貴方から聞いていましたからどんなもんかとワクワクしていたのですが、想像よりもずっとあまく美味しいですね。ちょっと期待外れです。
これでは貴方がやめられずにいたのも頷けます。もしかして、わたしに吸わせないためにああ言っていたのでしょうか? なんて、聞く術はもうありませんが。
しかし、1日に10本は吸い過ぎですよ。まったくの他人で、しかも同じ愛煙家であるわたしが言うのもなんですが、お身体は大事にしてください。
そうそう、最近の暑さは異常ですね。日本の終わりが見えた気がします。夏のベランダでお酒を飲みながら煙草を吸う、これほど幸せを感じる瞬間はありません。
「平成最後の夏だ」と、世間の若者たちは楽しそうです。「平成最後の夏だと言わなきゃできないことなんてその程度だ」と笑う大人もいますが、わたしはそれでいいと思うんです。思っていても行動に移せなければ意味がないと切り捨てるよりも、何かきっかけがあってそれを始められたことに目を向けたい。
ほら、物事にはタイミングがありますから。なんて言えば、貴方は白い煙をたっぷりと吐いて「そう悠長に言っていられるほど、人生は長くないよ」と笑うでしょうね。
平成最後の夏ですから、わたしも首都高に運ばれてみようかな。「平成最後の夏だ」とはしゃぐ若者を横目に、「多分」と「きっと」のどちらが確実に近いのか調べてみるのもいいですね。
それから、平成最後の夏なので、貴方が置いていった煙草もそろそろ捨てようかと思います。
それでは。気が向いたら、また手紙書きます。