人間交差点

あったことやなかったこと、ありもしないことやあってほしいこと。

真夜中がきれいなのは、ひかりが彼らを見守るからだ

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わたしね、もし自分の好きな夢を見られるとしたら、真夜中に星をつかまえる夢を見たいの。

 

星をつかまえたいの?

 

そう。

 

どんなふうに?

 

まず、真夜中になったら家をそうっと抜けるの。わたしの家で飼っているカニンヘンダックス、見たことあるわよね? あの犬はすごく敏感で、ドアの開け閉めだけで吠えるの。だから気づかれないように、そうっと動かなきゃいけない。ママにばれたら怒られちゃうから。

 

そうだね。君のお母さんは心配性だもの。

 

ええ。もう13歳だっていうのに過保護がすぎるわ。

家を抜けだしたら、道路の真んなかに立つの。はだしでね。

 

はだしで?

 

そう。こういう儀式は‘‘はだし’’って、むかしから決まっているのよ。長めの白いワンピースを着ていたら、なお良いわ。

 

今日みたいなワンピースってことだね。

 

うふふ、きれいでしょう?

それでね、道路の真んなかでじっとしていると、足や手の先がすこしずつ冷たくなっていくの。とたんにふわっ、とからだが宙に浮いて、わたしは夜の闇をゆっくりと掻きわけていく。あるくこともできるのよ。

灯りのつく家が、わたしの爪とおなじ大きさから、ママが持っているリングの宝石くらいの大きさになって……それを数えているあいだに、自分の家がどこにあるかもわからなくなってしまうの。

 

それは……不安にならないのかい?

 

もちろん、不安よ。不安でたまらないわ。星をつかまえる前に、もしかしたらこわい人に声をかけられるかもしれないし、暗くてよく見えないせいで道を間違ってしまうかもしれない。ちゃんと家に帰れるかどうかもわからない。

でもね、星に必ずたどり着いてつかまえられるし、家に帰ってこれる、とわたしはわたしを信じているの。そう信じていれば、声をかけられても迷ったりはしないし、道を間違えてもまた別の道を探すわ。

家の場所がわからなくて帰れなくなっても……たとえば東京タワーやスカイツリーのように、わかりやすく大きくて、光っているものの近くに降りたらいいんじゃないかしら。そのあとは歩くなり……ああ、はだしの設定だったわね。とにかく、困ったらそのときに考えたらいいのよ。

 

ははっ、君は相変わらず大胆だね。

 

人生なんて、案外どうにでもなるのよ。……話が逸れてしまったわね。

夜の闇をひたすらに、ただひたすらにあるくと、ひんやりとした風に頬や足の裏を撫でられて、わたしはひとりじゃない、とうれしくなるの。それに気がついたワンピースもゆらゆらと踊りはじめて、風やワンピースと一緒にスキップをしたり、くるくると回ったりしてね。

知ってる? 宇宙はね、さわやかなにおいがするのよ。透明な空気たちはわたしの内側に入って、すみずみまで満たしていくの。

近くで見る星はどんな形をしているんだろう。どんな色をして、どれくらいの重さなんだろう。熱いのかな? 冷たいのかな? それとも、ママの手のひらくらいの温度かしら? なんて考えて、どんどんわくわくしてくるわ。

 

その話を聞いている僕もわくわくしてくるよ。星は、僕の想像するものと同じかなあ。 

 

さあ、どうかしら?

夢の中の星にふれてみると、びっくりするくらい冷たいの。星の表面はガラスのようなもので、中にひかる液体が入っていて……星がきらきら輝いて見えるのは、ほんとうはその液体が常にゆらゆらと揺れているからなのよ。ひかりながら、揺れているの。

 

わあ……それは素敵だね。色は? 重さは?

 

色は、黄色に近い白。大きさは、わたしがぎゅっと握れるくらい。あ、握りしめるとね、指のあいだからひかりが漏れるの。ふふ、それがとってもきれいで、わたしはiPhoneを持ってこなかったことを後悔するはずよ。Instagramにあげたら、誰もが羨ましがるでしょうね。あるいは……ほんものの星だと信じないかしら?

 

夢のなかだからね。きっとみんなは君をうらやましがるはずだよ。

星は家に持ち帰れるのかい?

 

いいえ。シャカシャカと振ってみたり、持ち帰ろうとしてみたりするのだけれど、手を離すと元々いた場所に戻ってしまうの。そーっと、でも確かな足取りで。 「あなたのいるべき場所はそこなのね。そこにいると、自分で決めたのね」と声をかけると、頷くように揺れて、わたしの顔を照らすの。

そんなふうにしてしばらく星たちと戯れたあとは、来るときと同じようにして帰るわ。

 

星たちにも意思があるのかもしれないなあ。

  

……わたしね、ずっと考えていたの。‘‘真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろう’’って。ずっとずっと昔からよ。

夜になると、「さあ寝ましょう」と言って、パパとママが絵本を持ってくるでしょう? わたしが眠るまではずっと隣にいるの。だから、いつも寝たふりをして……パパとママが部屋を出ると、急いでカーテンを開けたわ。夜が更けるまで、窓の近くで空を見つめることもあった。真夜中がうつくしすぎたせいよ。

今こうして、星をつかまえる夢について想像していたらわかった気がするの。真夜中がきれいだと感じる理由は、ひかりたちが見守ってくれていると確信できるからなのよ。

 

ひかりたちが見守っていると確信できるから、真夜中はきれいなの?

 

わたしはそう思うわ。

たとえば、大切なひとたちが悲しんでいても、いつだって彼らのそばにいられるわけではないわよね。けれど、代わりにひかりたちが、彼らの濡れた頬やまつげをやさしく照らして、包み込んでくれるはずなの。

雲で隠れてこちらからは見えなくても、遠くでひかる液体をゆらゆらさせていることには変わりないわ。ほら、現に、ああして雲が晴れると……星のひかりが顔を出すでしょう? そんなふうに見守ってくれるから、大切なひとたちはすこしでも安心して眠れるし、わたしたちもそう信じられる。だから、真夜中はこんなにもきれいなんじゃないかしら。

わたしは、今日も星のひかりに願いを託すわ。どうか、大切な人たちを守ってくださいってね。